ソニッククロニクルをクリアーした直後から、考えていた前日談。
ゲームを進めていて、『何故、シェイドは腕力に優れるナックルズを、特に拘束もせず、監禁していただけだったのか?』と言う疑問から、実はトワイライトスペースに飛ばされる前に、ナックルズ族の少女と出会っていたのではないかと、想像してみました。
内容的に、クロニクルのネタバレがありますので、読む際は気をつけてください~
「…私とした事が…!」
シェイドは、左手で右腕の上腕を押さえていた。
この時、シェイドは、ノクターン族を束ねるノウェムから最近、活動が活発化してきたナックルズ族の動向を探る使命を与えられ、彼らのテリトリーに単身、潜入していた。
自らの能力を最大限に活かし、集落の中枢に存在する神殿まで入り込んだのは良かったのだが、足元に近づいてきたチャオに気をとられ、バランスを崩し、転倒、その際、石に右腕を打ち付けてしまった。
触った感触では、骨は折れてはいないようだったが、痛みで右腕に力が入らず、動かす事もままらなかった。
「…ぐぅ…」
「チャオチャオ…」
シェイドの痛みをこらえる顔を、転倒する原因となってしまったチャオは心配そうに見つめている。
「あぁ、私なら大丈夫だから、気にしないで。」
チャオの視線を察したシェイドは笑顔を作り、チャオの頭を撫で、安心させようとした。
「チャオ…」
だが、それが無理にしている事だと、チャオも気が付いており、より一層、心配そうにシェイドを見るのだが、その直後、チャオは何かを思い出したかのように『チャオッ!』と鳴くと、走っていった。
「…まぁ、良いか。」
シェイドは、ため息を吐き出すと、チャオが走り去っていった方向を見ながら、そう言った。
チャオが不用意な時に鳴いてしまうと、こちらの姿が見つかってしまうし、もし、見つかった時、この状況でチャオを庇いながら戦う事は出来ないだろう。
ノクターン族では、研究目的と言うところもあるが、チャオやその卵を見つければ、保護するようにしているが、ナックルズ族では、チャオの楽園すら踏みにじり、何も考えずに殺してしまうだろう。
その貪欲に領土を広げていくところから、シェイドが持ちえるナックルズ族に対する知識では、そう思っても仕方がないだろう。
再び、ため息を吐き出したシェイドは、まだ痛む右腕を押さえながら、少し太め木を背に、座り込んだ。
「…まいったわ。スーツも機能しない…」
シェイドは、様々な機能を持つスーツの体力回復機能を使ってみたが、うまく機能しない。
それどころか、シェイドが攻撃に使うための機能も仲間との通信機能も働かなかった。
この状況を考えるに、不本意ではあるが、これ以上の潜入活動は無理と判断せざるを得ない。
シェイドは、この痛みが少し緩和すれば、撤退する事を決めた。
『ガサ…』
「…ッ!」
シェイドがそう思った瞬間、草木が揺れる物音がシェイドの耳に入ると、すぐに草木の茂みに入った。 ここはすでにナックルズ族のテリトリーだ、ナックルズ族の戦士がうろついていてもおかしくはない。
ナックルズ族はノクターン族に比べ、科学の発展は遅いものの、体力や腕力は遥かに上回っている。
ノクターン族の実行部隊であるマローダーを指揮するシェイドではあったが、まだ右腕に力が入らない上、スーツが機能しないこの状態で、ナックルズ族の戦士との真っ向勝負だけは避けたかった。
物音は近づくと、シェイドはさらに草木の茂みの奥へと隠れる。
しかし、茂みの奥に隠れたシェイドの位置を知っているかのように、徐々にシェイドの方向へと近づいた。
「…仕方ないわ…!」
シェイドは小さく、自分にしか聞こえない程度の声で呟くと覚悟を決めた。
物音はひとつしかない。
今、自分に近づいてきているのは一人だ。敵を警戒しているナックルズ族の戦士でも、先制攻撃を加えれば、一気に押し込む事が出来る。
シェイドは、物音が自分の間合いに入るのを、激痛に耐えながら息を殺して待つ。
ほんの数秒の出来事だが、シェイドにとっては、数時間にも思えた。
そして、物音が自分の間合いに入った瞬間、シェイドは飛び出す。
「っ!」
「チャオッ!」
飛び出したシェイドの目の前に待ち受けていたのは、先ほどのチャオと、そのチャオを抱きかかえたエキドゥナの少女だった。
ノクターン族とは全く違う、ナックルズ族独特の衣装を身に纏っており、その少女がナックルズ族に組するエキドゥナである事はすぐに察した。
シェイドはすぐに身構えるものの、少女は全く敵意を表さない。
それどころか、シェイドの右腕を見て、『大丈夫?』と心配そうな顔をしている。
「この子があなたが怪我して困っているって言いに来たのよ。」
「チャオ~」
少女は抱きかかえていたチャオを下ろすと、手荷物からいくらかの薬草を取り出していた。
薬草はシェイドも使った事があるもので、少女は本当に治療をするようだった。
すでに治療の準備を終えた少女は、シェイドに手を差し伸べて、『ほら、見せて』と言っていた。
「ナックルズ族の施しなんて…」
少女の手を振り晴らそうとしたが、その瞬間、右腕に激痛が走る。
「ほらほら、無理しないの!」
どうやら、ここは治療をしてもらうしかないらしい。
シェイドは構えを崩すと、少女の治療に身を任せた。
少女は痛み止めの薬草をシェイドの右腕に塗りながら、『そう言えば、名前を言ってなかったわね』と言った。
「私はティカル。」
「シェイド…シェイド・ザ・エキドゥナ…」
シェイドは、自分の名前を名乗りながら、不思議な感覚にとらわれていた。
シェイドが持ちえる知識でナックルズ族は、一言で言えば、野蛮な存在だ。
争いあう事しか知らない戦闘民族…
だが、目の前にいる少女は違う。その違いは、少女だからではない。
チャオの気持ちを理解できるからだろうか?
シェイドは以前、ナックルズ族長の母がそのやり方に反対であり、死後は孫、つまりナックルズ族長の娘がその意思を継いだと聞いた事があった。
そのナックルズ族長の娘の名が…
「…ティカル!君はまさか…!」
「その通りよ、ノクターン族の戦士さん。」
少女-ティカルは、驚くシェイドの言葉を受け流すかのように返答すると、治療を進める。
当然、ティカルからは全くの敵意が感じられず、手際よく治療していくさまを、シェイドはただ呆然と見つめるしかなかった。
「はい、おしまい!」
ティカルは、シェイドの右腕に巻いた包帯を止めると、そう言った。
痛み止めの薬草が効いているおかげか、シェイドの右腕から痛みが消え去っていた。
「チャオチャオ!」
右腕を動かしても、先ほどのような激しい痛みを感じないシェイドに、チャオも元気よく鳴いている。
「…なぜ、こんな事を?」
シェイドは礼の言葉より先に、先ほどから自分の中で渦巻いていた疑問を口にし、さらに『戦争をしているのよ?私たちとあなたたちは!』と言葉を続けた。
穏健派とは言え、ティカルの行動は、最前線で戦うシェイドの疑問を持たせても仕方がないだろう。
「だからって、怪我人をほっとくわけには行かないでしょ?」
ティカルはシェイドの疑問に、迷いもなく、そして、笑顔で答えてみせた。
「…あなた、本当にお人好しね。」
ため息の次に吐き出したシェイドの言葉に対して、ティカルは『よく言われるわ』と、笑顔のまま答えた。
シェイドは、今まで出会った事のない、感性の持ち主ともう少し一緒に居たいと思ったが、このまま、ここに長居するのは、自分にとっても、ティカルにとっても危険な行為だ。
すっと立ち上がると、『そろそろ行くわ』と言った。
ティカルも、シェイドの考えている事を察したのか、『そうね』と答えるだけだった。
「…そう言えば、お礼を言ってなかったわね。」
シェイドはティカルの方を振り返ると、『ありがとう』と小さな声で言った。
「どこかでまた、会えると良いわね。」
ティカルは、『どういたしまして』の言葉の後に、そう続けた。
「その時は“友人”として会いましょう。」
ナックルズ族とノクターン族、二つの異なる一族の争いの中、その約束を果たすのは難しい。
だが、絶対に果たす事が出来ない約束ではない。だからこそ、シェイドもそう答えた。
二人は無言のまま、お互いを見ていたが、シェイドがすっと振り返ると、そのまま駆け出ししていく。
ティカルはチャオを抱きかかえたまま、シェイドが視界から消えるまで、その後姿を見続けていた。
『ノクターン族とナックルズ族…もしかしたら、共存できるかもしれない…』シェイドはそう思いながら、ノクターンに帰還した。
ティカルと心通じ合えた事で、シェイドの考えに大きな影響を与えたのだ。
機会を見て、ノウェムにその事を進言しようとしたが、歴史は非情な方向へと向かっていく。
シェイドがノウェムにナックルズ族との共存を進言する機会を得た時にはすでに、ナックルズ族はチャオの守護神だったカオスによって多大なる被害を受けた後だった。
そして、その直後、ノクターン族も、大いなる力によって、暗闇の異次元-トワイライトスペースへと追放されてしまう…
「…様…シェイド様…!」
シェイドは自分を呼ぶ声に、ハッとする。
「ワープ装置の準備が整いました。いつでも出撃できます。」
部下の言葉にシェイドは『あぁ』と返事すると、立ち上がる。
今度の任務はノクターン族がこの暗闇の異次元-トワイライトスペースから、脱出するための大事なものだ。
戻るべき本来の世界が今、どうなっているかの調査の先遣隊にシェイドが指揮するマローダーがあたる事となり、ようやく完成を見たワープ装置で、本来の世界へと一足早く、帰還する事となっていた。
ノクターン族がこのトワイライトスペースと呼ばれる異次元で行ってきた調査からして、トワイライトスペースの時間の流れは、通常の次元と異なる事が分かっており、本来の世界とで、長い時間の誤差がある事は確実となっている。
それに、カオスの暴走で大打撃を受けたナックルズ族も無事ではないだろう。
シェイドは、ティカルとはもう会えない事を悟っていた。
だが、ティカルとの出会いでシェイドが得たものまでは失われていない。
シェイドは出撃直前、ノウェムに『生き残っているナックルズ族の保護』を訴えた。
ノクターン族はこのトワイライトスペースから脱出して、本来の世界に戻りたいだけである。
それに、ノクターン族とナックルズ族は同じエキドゥナなのだ。
ノウェムは、シェイドの訴えを聞き入れ、『生き残っているナックルズ族の保護』を指令に付け加えた。
「ティカル…あなたの意思を受け継ぐ者は絶対に居るはず…あの時の約束を果たしに行くわ…!」
『ノクターン族とナックルズ族の共存』
シェイドは、あの時に見たティカルの笑顔を再び思い出すと、その願いを胸に、ワープ装置の光の中へと消えた。
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